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HP と Twitter を補完するとともに、互いの密接な連携を図るため、本ブログを開設した。三位一体を目指す。情報提供、広報活動、教育・啓蒙活動の一環として、肩の力を抜き、冗長性を廃し、簡にして要を得た文章を書くよう心がける。
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「粉末回折データの MEM 解析・三次元可視化用ソフトウェアの開発」に関する解説
(以下の投稿を理解するには、「波紋」の記事をあらかじめ読んでおく必要があります)

RIETAN-FP・VENUS システム配布ファイル中の参考文献12として、日本中性子科学会の学会誌「波紋」2月号に掲載された「粉末回折データの MEM 解析・三次元可視化用ソフトウェアの開発」を追加しました。

本サイエンス記事の1〜5節は比較的ゆったりした調子で、丁寧に綴られています。一方、末段の6節に至るや否や突然せかせかし始め、室温以上で測定された TOF 中性子回折データをリートベルト・MEM 法で解析する場合、熱散漫散乱(thermal diffuse scattering: TDS)を適切に補正しない限り、パルス中性子の利点(高 Q 領域のデータを測定可能)がそのまま欠点に成り下がるという「不都合な真実」を舌鋒鋭く指摘したところで紙数が尽きてしまいます。K 谷先生から拝受した処方箋は A4用紙2枚分もあり、最長6ページの紙面では約半ページほどオーバーフローするため、次に抜粋する文でお茶を濁さざるを得ませんでした:
リートベルト解析と MEM 解析における TDS の無視は大なり小なり解析結果に悪影響を及ぼすだろう。{中略)現状では,Fig. 3(注: 600 ℃ におけるリチウムイオン伝導体中の Li+ イオンの空間分布)のような等密度曲面からは,単に散乱長密度の空間分布の大まかな傾向を把握できるに過ぎないと認識すべきである.とりわけ高温構造物性の研究の高度化は,TDS という高い障壁を前にして行き詰まっているといって過言でない。(中略)いずれにせよ、TDS 補正の一般化や定式化は結晶学者以外の専門家,とくに電子状態計算のエキスパートに助けを求めない限りお手上げであろう。将来、この厄介な problem under the carpet の解決に果敢に挑む俊才が彗星の如く現れ、見事、ブレイクスルーをもたらしてくれることを願って止まない。
他力本願とは情けない限りですが、現在の技術水準では Q 空間の広さが仇を為すのがパルス中性子の現実です。高 Q 領域のデータを含めた解析が積分強度の過大評価をもたらすのは、サンプルが単結晶だろうが粉末だろうが同じことです。始末に負えないのは、バックグラウンド関数に吸収されうるランダムな誤差でなく系統誤差だということです。数100 ℃ で測定した強度データの場合、TDS の寄与が急激に増す高 Q(小 d)領域のデータまで解析に含めると、ろくなことはありません。

最新構造解析ソフトの力を借りれば、室温や高温で測定した TOF 粉末中性子回折データから確度の高い原子変位パラメーター U と占有率 g(構造精密化)や散乱長密度 ρ(MEM 解析)が決定できるなどという幻想を抱くのは禁物です。Q 領域のデータの利用 → U の過小評価 → g や ρ へのしわ寄せという負の連鎖が不可避だからです。リートベルト解析におけるフィットが見かけ上良かったとしても、単に TDS が U に吸収されただけのことですから、精密解析と呼べる水準からは程遠い結果しか得られません。もちろん、U, g, ρ の掃き溜め化は測定温度の上昇につれて、より顕著になります。仮にブラッグ反射直下で幅広に盛り上がる形の TDS 関数を定式化できたとしても、それに含まれるパラメーターはバックグラウンド・パラメーターや U との相関が強すぎ、確度・精度の高い精密化はまず無理です。

短波長の放射光を用いて測定した粉末X線回折データで高 Q 領域のデータを解析に含める場合も、事情は似たり寄ったりです。電子密度解析による化学結合の研究では、少なくとも液体窒素温度、できれば極低温での測定が望ましいです。また、高温に加え高圧で測定すると、一般に S/N 比が悪化し、バックグラウンドが著しく上がりますから、精密解析にとっては最悪の実験環境となります。

要するに、高強度パルス中性子源の完成により回折装置の強度や分解能が大幅に向上したのは事実ですが、粉末構造解析技術が本質的な進歩を遂げ、高確度の U, g, ρ を与えてくれるようになった訳ではないのです。実のところ、この十数年間、まったくと言ってよいほど進歩していません。粉末中性子回折装置グループのメンバーに TDS の補正について質問したところで、周章狼狽するのに決まっています。しどろもどろの答えしか返って来ないでしょう。根本的に重要なことから目をそむけざるを得ないのですから、因果な商売です。中性子ムラや放射光ムラ(「ムラ社会の掟」参照)のムラ人は中性子や放射光のメリットをもっぱら強調し、自分たちに都合の悪いことはカーペットの下に隠し、現下の技術で手っ取り早く論文になることにしか目を向けないのが常ですから、くれぐれもご注意を。

本記事は、もともと VESTA について執筆してほしいと某編集委員から依頼されたものでした。気の進まないそのネタ(「普及に弾みが付いた VESTA」参照)には VESTA の爆発的普及を示すグラフ一つしか割り当てず、上記の超難問を読者に突きつけた上、肝心要な TDS 補正の方法論に言及せず、スタコラサッサと遁走しちまった件については、"It's not my business" と開き直るしかありません。現役の施設職員やパワーユーザーが受益者負担で解決すべき難問なのですから。

電子状態計算と粉末回折ソフトウェアの開発の両方を知悉している逸材をぜひ発掘したいものです。中性子回折に於いて基本的に重要な磁気構造解析ですら未だに忌避している粉末中性子回折装置グループに救世主が潜んでいるとは思えません。「我こそは」という山っ気のある人は、ぜひご連絡ください。
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