お知らせ+活動記録+たわごと

HP と Twitter を補完するとともに、互いの密接な連携を図るため、本ブログを開設した。三位一体を目指す。情報提供、広報活動、教育・啓蒙活動の一環として、肩の力を抜き、冗長性を廃し、簡にして要を得た文章を書くよう心がける。
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粉末X線回折講習会の歴史
東京理科大の中井 泉氏(猿回し)と私(猿)の二人三脚で1996年以来、粉末X線回折に関する講習会を計12回開催してきた:
  1. 日本分析化学会X線分析研究懇談会 第5回X線分析講習会「粉末X線リートベルト解析」、東京理科大学 理窓会館、1996年7月。
  2. 日本分析化学会X線分析研究懇談会 第6回X線分析講習会「粉末X線リートベルト解析」、東京理科大学 理窓会館、1996年12月。
  3. 日本分析化学会X線分析研究懇談会 第7回X線分析講習会「粉末X線リートベルト解析」、化学会館、1998年8月。
  4. 日本分析化学会X線分析研究懇談会 第9回X線分析講習会「粉末X線リートベルト解析」、東京理科大学 神楽坂キャンパス、1999年12月。
  5. 日本分析化学会X線分析研究懇談会 第10回X線分析講習会「粉末X線リートベルト解析」、化学会館、2002年2月。
  6. 日本分析化学会X線分析研究懇談会 第11回X線分析講習会「粉末X線リートベルト解析」、大阪科学技術センター、2002年10月。
  7. 日本結晶学会 講習会「粉末X線解析の実際」、東京理科大学 神楽坂キャンパス、2005年7月。
  8. 日本結晶学会 講習会「粉末X線解析の実際」、東京理科大学 神楽坂キャンパス、2007年7月。
  9. 日本結晶学会 講習会「粉末X線解析の実際」、東京理科大学 神楽坂キャンパス、2009年7月。
  10. 日本結晶学会 講習会「粉末X線解析の実際」、東京理科大学 神楽坂キャンパス、2011年7月。
  11. 日本結晶学会 講習会「粉末X線解析の実際」、東京理科大学 神楽坂キャンパス、2013年7月。
  12. 日本結晶学会 講習会「粉末X線解析の実際」、東京理科大学 神楽坂キャンパス、2015年7月。
この間、中井氏はもとより私も多忙だった。複数日にわたる講習会を実質的に個人レベルで開くには相当なエネルギーと時間を費やす上、研究関連イベントの浮き沈みが激しいのは芸能界と同様だから、よくぞ10回も開催し続けたものだと感心する。おまけに、講習会のテキストを発展させる形で出版した「粉末X線解析の実際」は初版、第2版ともロングセラーとして売れている。自画自賛は気が引けるが、類い希な偉業を成し遂げたと言ってよい。以下、過去17年の歴史を振り返り、講習内容よりはプロモーションに重点を置いて、これらの講習会にまつわるレトロな秘話を語ることにしよう。何分にも長々しいので、間違った記述も含まれている可能性がある。事実誤認、書き漏らしたこと、苦情などは直接私にご指摘いただきたい。

そもそも、RIETAN を用いたリートベルト解析の初心者用講習会をX線分析研究懇談会の主催で開催するのは、当初、明治大学の中村利廣教授から持ちかけられた話だ。中村教授に旧無機材研にお越しいただき、実習方法などについて打ち合わせしたのをうっすら覚えている。しかし、その後一二年は音沙汰なしだったため、諸般の事情からその企画は立ち消えになったのだと思い込んだ。もう忘れかけていたころ、ある日突然、世話役を知人の中井氏に変更して開催したいという提案を受けた。中井氏は彼が学部4年の時、テストチューブ型高圧容器を用いた水熱合成の実験法を教えて以来、懇意にしており、一緒に共同研究を実施したこともあった。リートベルト法の普及のため、一も二もなく承諾した。そして、リートベルト解析に最小限必要な結晶学の基礎から教えるという基本方針で臨むということで合意した。一般に、粉末X線回折のユーザーは結晶学の知識に乏しく、事前に学ぶべきことがかなり多いのである。過去の経験から、大学(院)における結晶学の教育が不十分であることを身に染みて感じていた。一部の大学では、教員自身の再教育も必要とさえ思っていた。

No. 1No. 2は東京理科大の理窓会館で開催した。理窓会館は神楽坂の真ん中あたりを右手に曲がり、しばらく行った南側にあったが、その後、森戸記念館の建設と相前後して姿を消した。総武線、有楽町線、東西線、南北線、大江戸線の駅が集中しており、東京駅から15分足らずで着く飯田橋駅は、都心でもとりわけ交通の便が良いスポットだ。遠方から来られる参加者も多い講習会にとっては、絶好の立地条件だといって過言でない。おまけに神楽坂界隈は飲食店が密集しており、参加者が昼食を食べに行くのにも便利だ。

No. 1の5ヶ月後に No. 2を開いたのは、100名程度で満席になる手狭な会場だったことから、No. 1を開催したとき定員を超過したためだったと記憶している。私は3コマの講義を担当した。今でもはっきり覚えているのは、放射光を用いた未知構造解析について話し始めたとたんに中井氏が伝言メモを私に見せたことだ。そこには、初心者対象の講習会なので、放射光に関する話は止めるよう指示されていた。最先端技術を少しくらい紹介しても構わないじゃないかと内心反発しつつも、早々に話を打ち切った。今日、放射光粉末回折が広く普及し、産業利用も着実に拡大していることを思うと、文字通り隔世の感がある。

No. 3のときは、理窓会館よりも多少広い化学会館ホールに会場を移した。定員は120名である。ところが真夏に開催した上、最上階の7階ホールが満席になったため、エアコンが故障した訳でもないのに空調がほとんど効かなくなってしまった。室内は30 ℃ を超えていただろう。人いきれがはなはだしかった。日本化学会は満員御礼などあり得ないという想定で、非力なエアコンを設置したのではなかろうか。当時は OHP を使って講義したが、汗が一滴 OHP シートの上にしたたり落ちたのを覚えている。それでも、参加者からは苦情は出なかった。当方の落ち度ではなかったものの、不快な状態での聴講を余儀なくされた参加者には本当に申し訳ないことをした。今でも胸が痛む。

No. 4については、実のところ、ほとんど記憶にない。No. 3の時とほとんど同じ内容だったはずだ。RIETAN-2000の作成が大詰めを迎えていた時期だが、その次世代プログラムについては黙して語らなかっただろう。

RIETAN-2000のマニュアルも兼ねた「粉末X線解析の実際」初版の刊行と同時に開催した No. 5では、三日目に解析実習(東京理科大 近代資料館ターミナル室)、四日目に測定実習(理学電機、マックサイエンス)も行った。この時は変則的に日本結晶学会主催の初心者向け講習会「粉末X線解析の実際」(現在の A コースに相当)を直前の2月4日に開催したが、そちらの講師は務めなかった。No. 5の模様については、粉末回折情報館の掲示板(2002年2月8日)をそのまま引用しておく:
ついに「粉末X線解析の実際 ― リートベルト法入門」が出版され、それをテキストとして配布したX線分析講習会が無事終了しました。いろいろな文書、解説、書籍にプログラムに関する説明が散在し、ドキュメンテーションが不十分だった(公式マニュアルがない!)RIETAN-2000ですが、迷える RIETAN-2000ユーザーにこの本が救いの手を差し伸べてくれることでしょう。(中略)なお,恐れおののいていた RIETAN-2000の実習は、予行演習とテキスト配布の甲斐あって、とくにトラブルもなく順調に進行しました。予想外でした。化学会館ホールでの講習会の間に、公衆電話の横で3D 可視化プログラムの sneak preview を行いました。受付をしてくれていた中井研究室の女子学生に「何を実演しているのか掲示しましょうか。」と聞かれ、「結晶構造と電子・核密度の三次元可視化プログラム VENUS」と書いたメモを渡し、ビラを作ってもらいました。この呼称は正真正銘、とっさに閃いたものでして、ビラを貼ってもらった後で、Visualization of Electron/NUclear densities and Structures と語呂合わせしました。愛と美の女神の名にふさわしいソフトになれるかどうかは、今後のポリッシュアップにかかっています。
唯一、大阪で開催した No. 6では、苦汁を味わうことになった。「粉末X線解析の実際」初版を刊行したばかりだし、たまには関西で開いたらどうかと軽い気持ちで私が提案したのだが、お盆のころになっても参加者がろくに集まらなかった。あわてて宣伝や勧誘に精を出し、損益分岐点(50名)を少々越す60数名の参加者をかき集めたと記憶している。ほうほうの体でつくばに帰還した。過去の経験から、大阪や名古屋で開催する有料講習会は、東京に比べお客の数が激減することがわかっている。ざっと東京:大阪:名古屋 = 10:7:4といったところだ。なにしろ、約20年前に名古屋で開催した粉末X線回折の講習会(やはり日本結晶学会主催)では、収入不足で赤字になりそうなので講師への謝礼はゼロにしてほしいと世話人から求められ、唖然としたくらいだった。あまつさえ、前年のバブル崩壊で不景気風も吹きまくっていた。大阪と名古屋は鬼門だ、もうこりごり、と後悔した。首都圏やその周辺の研究・教育・開発組織のメンバー数と経済力は群を抜いているのだということを思い知らされた。都心の集客力を100とすれば、大阪が70、名古屋が40というのが実感である。この学習効果を踏まえ、以後、ホームグラウンドの神楽坂からは二度と足を踏み出さなくなった。普通は60名を越す人たちが集まれば大いばりなのだが、過去の実績と比べるとトホホな数字だった。この失敗は今でも強烈なトラウマとして脳裏に焼き付いており、慢心を戒めてくれる。

当時の掲示板には
講習会の席で、新 MEM 解析プログラム(注:PRIMA のこと)のベータ版を11月中に必ずリリースすると宣言しました。ほとんど初心者ばかりの場で大見得を切ったところで仕方ありませんが、自らの背中を押すために敢えてそうしました。このベータ版を出発点として、段階的に完成させていきます。
と記されている。落胆を包み隠し、まだ完成途上のプログラムについて言及して虚勢を張った様子が窺える。

No. 7日本結晶学会主催に変更され、三年後に開催された。客足は戻ったものの、いかにも端境期という感じの沈滞ムードの漂う講習会だった。横軸が2θ でなく、格子面間隔 d の粉末回折パターンを示す講師がいたのには、手抜きにも程があると呆れ果てた。古いネタを無修正で使い回したのだろう。肝心の中身もおざなりで精彩を欠いていたため、次回この人は無慈悲にリストラした。自分の講義では VICS-II をお披露目したが、等値曲面を描く VEND に対応する部分が欠けているようでは迫力不足は否めなかった。講師と中身を大幅に変更しない限り、カビ臭くなり勢いを失っていくだけだという危機感を抱いた。

翌年の2006年以降、NIMS の量子ビームプロジェクトが発足し、その一環として RIETAN-2000の後継となる RIETAN-FP の開発と英文マニュアルの執筆を平行して進めた。本講習会以外の催しへの出番も必然的に増えた(「講演と講習のお知らせ」参照)。オーバーワークは明らかだったが、量子ビーム分野における NIMS の存在感を外部に示してほしいという要望に応じざるを得なかった。能う限り大勢の参加者を集めるべく、ホームページを通じた売り込みに腐心するようになったのは、この頃からである。

No. 8の時は A・B・C コースを三日にわたって開催するようフルモデルチェンジした。当時「粉末X線解析の実際」初版が望外のロングセラーとなっていたため、朝倉書店から第二版の出版にゴーサインが出ていた。同書の改訂を念頭に置き、近年、急速に利用が拡大してきた未知(ab initio)構造解析技術に関する講義三つを C コースに入れるとともに、MEM/MPF 関連の講義も補強し、新鮮味を醸し出した。時代の流れに応じて、RIETAN の習得を主目的とする初心者向け講習会から、より高度な解析法も教えるよう進化させたということだ。

No. 9「粉末X線解析の実際」第二版の出版と同時に開催した。No. 9の参加者を募集していた期間は、折悪しく、前年のリーマンショックがもたらした世界同時不況に加え、感染力の強い新型インフルエンザが猛威を振るっていた時期と重なってしまい、大勢の人たちが集まる場は敬遠される傾向にあった。参加者の激減におびえたが、まったく杞憂だった。A・C コースはほぼ定員 (160名) に達したし、B コースは定員を17名も上回るという盛会振りだった。「粉末X線解析の実際」第2版の出版直後だったのが、幸いしたのかもしれない。数名の参加者から同書にサインするよう頼まれた。この時は応用事例の執筆者を招待してポスター発表していただくとともに、出版記念会も森戸記念館で開いた。大盤振る舞いした上、参加費を少々安く設定しすぎた挙げ句、日本結晶学会への上納金が激減してしまったと、後日、中井氏から聞いた。当時、財政難のボンビー学会にとって多額の収益を収めてくれる本講習会は、貴重なドル箱だったのである。なお、粉末回折情報館の掲示板(2009年7月15日)に No. 9の総括が記載されているので、参照されたい。

No. 9以降は、早稲田通りに面した中華料理店「龍公亭」の上にある東京理科大のゲストハウスに二泊三日で泊まり込み、毎日、会場に陣取るのが恒例となった。スリッパ、タオル、石けん、シャンプー持ち込みの殺風景な部屋だが、テレビとネットは使える。歓楽街の真ん中なので、フラっと遊びに出たくなるが、翌日のことを考え、控えている。第一、受講生がその辺をぶらついている可能性が高い。

No. 10の参加者募集がスタートしたのは2011年3月の東関東大震災、福島第一原発のメルトダウンに端を発する大混乱の最中だった。3月末に予定していた情報機構セミナーは急遽中止を余儀なくされた。余震が頻発し、放射能が拡散し、電力事情が極端に悪化する中、じっくり粉末回折について勉強しようという機運が盛り上がっていないのは火を見るほど明らかだった。同年1月に開催された「粉末X線回折を用いた有機結晶構造解析の実際」講習会の集客が芳しくなかったことも耳に入っていた。名古屋開催のハンデを考慮しても、損益分岐点を大幅に下回る悲惨な参加登録数だった。そもそも「粉末X線解析の実際」講習会と内容・講師がかなりオーバーラップした講習会を同一学会の行事スケジュールに強引に割り込ませてくるのは異例かつ理不尽な話で、先に開く方が有利なのに決まっている。まさに「仁義なき戦い」だ。多額の収益をプレゼントしてきたにもかかわらず、なんでこんな無礼な仕打を受けなければならないのかと、憤りすら感じた。そのような先攻講習会があっさり轟沈したということは、粉末回折技術習得の需要が減少している可能性があった。それが事実なら、大震災後に開催のこっちはもっとヤバい。夏場の電力事情がはっきりしないことも不安の種だった。私の危機感は頂点に達し、今回の講習会は深刻な打撃を受け、各コース100人ずつ集まれば上出来と覚悟を決めた。しかし逆境にへこたれることなく、ホームページ、ブログ、Twitter を広告塔とし、鬼神のようなヘビーローテーションに励んだ。

それだけではない。当時は RIETAN-FP の後継ソフトがベーパーウェアとして消滅してから日が浅かった(「RIETAN-2000と RIETAN-FP」参照)。本講習会は元来、RIETAN を用いたリートベルト解析を主として教えるために始めたのだ。私が RIETAN-FP を中心とするソフトの開発を怠るようになれば、今後、本講習会の人気は凋落していく一方だろうと危惧した。そこでハイブリッド・パターン分解の機能追加と lst2cif の全面改訂に励み、未だに現役プログラマーとして活動していることを印象づけるよう努めた。

蓋を開けてみると、
  • No. 10 (2011) –– A: 201, B: 206, C: 144
という堂々たる横綱相撲を取ることができた。 C コースはやや物足りないが、未知構造解析を中心テーマに据えている以上、仕方あるまい。未曾有の国難の中、未だかつてないほど多くの方々にお集まりいただいたことに感謝すると同時に、自分はまだまだ社会に貢献し得る存在であり、しかもプロモーターとして成熟したのだと実感した。

現時点で顧みると、前回までに比べ参加者数に明確な段差がある原因は、Twitter で宣伝し始めたことしか思い当たる節がない。大した宣伝効果である。

A・B コースの人気は No. 11 (2013) と No. 12 (2015) でも一向に衰えず、喜ばしいことに C コースの受講者が30名弱も増え、No. 12 では延べ参加者数587名という最高記録を樹立した。
  • No. 11 (2013) –– A: 199, B: 200, C: 173
  • No. 12 (2015) –– A: 201, B: 214, C: 172
No. 12で B > A > C というコース間格差が生じたのは、収容人員の限界に達したため B コースの参加登録を締め切った時点で A・C コースに参加する意欲が萎えてしまった方々が多く、両コースの登録者数が頭打ちになったためだろう。なんといっても RIETAN-FP によるリートベルト解析を中心テーマとする B コースは本講習会の中心的存在なのである。

しかし No. 13 を2ヶ月後に控えた今にして思えば、A・B コースの約200名という受講者数はあまりにも多すぎた。冷却能力の限界近くまでエアコンを運転する結果、配管から水がポタポタ垂れることがあり、時々モップで拭き取っているという有様だった。160名程度に抑えれば、より快適に受講していただけるだろう。次回はできるだけ宣伝を控え、今後、無料講習会をときどき開催するよう心がけ、せめて定員の180名は越えないよう調節に努めたい。集客倦怠期を乗り切り、有終の美を飾るにはそうするしかない。

これほど長く定期的に教科書に基づく講習会を鳴り物入りで開催し続けると、過去の参加者が自分の部下や学生に参加を奨め、それらの参加者が数年後に後輩に、というサイクルが自ずと確立する。講師の知名度が低く、テキストが充実していない、急ごしらえの単発企画では、こうは行かない。結晶学の基礎を教え込む力量のある大学教員はさほど多くないだろうから、結晶学や粉末回折に関する教育を丸投げできるのも、大助かりなのだろう。いったんそのような確固たる教育システムが出来上がってしまったからこそ、大震災の影響をまったく受けなかったのだと思う。

もう一つ見逃せないのが、本講習会ではネットで公開している RIETAN-FP と VENUS の両システムを大黒柱に据え、主として実績と定評のある無償ソフトについて教授するのを基本方針としていることだ。名古屋の講習会(2011年)がポシャったのは、無償ソフトのプログラマーが講師陣に皆無なのも一因だろう。確かに製作者自身が自作ソフトについて語るのは迫力が違うが、第三者による使用実績(国際誌に発表された論文で使用)がほとんどない商用ソフトに関する講義では、販売促進用の宣伝と見なされ、敬遠されるのが落ちである。大金を払って購入しなければならぬソフトについて学ぶため、さらに聴講料までふんだくられるのではたまったものでなかろう。ソフトベンダーが無料講習会を開くのが筋ではないか。「粉末X線解析の実際」講習会では、教育への活用が困難だからといって商用ソフトを完全に排除するような極端な措置にまでは踏み切らないが、あくまで脇役として扱っている。社会教育活動を実施する上での、そのような姿勢が参加者に高く評価されているのではなかろうか。

ここまで実績を積み上げ、粉末回折ユーザーの裾野を広げて来ると、一種の「文化活動」に近い存在になっていると思う。No. 6を除けば常に満員御礼の講習会をすでに12回も催したのだから、参加者の合計は膨大な数に上るだろう。粉末回折情報館の掲示板(2003年6月29日)に記した「花嫁の父親」も受講者の一人に他ならなかった。この方は私よりも年が大分上なのに、リートベルト法について学ぶために受講してくれたのだった! RIETAN-2000/FP に関する論文の総被引用数が着々と3000に近づきつつあるのも、むべなるかな。本講習会の開催や「粉末X線解析の実際」の上梓を通じて、我が国における粉末回折データの解析技術の普及にかなり貢献できたのではないかと自負している。
(2017年5月21日に補筆)
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