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HP と Twitter を補完するとともに、互いの密接な連携を図るため、本ブログを開設した。三位一体を目指す。情報提供、広報活動、教育・啓蒙活動の一環として、肩の力を抜き、冗長性を廃し、簡にして要を得た文章を書くよう心がける。
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RIETAN-2000 と RIETAN-FP
本日、RIETAN-2000/FP に関する論文の被引用数がちょうど 1,700 に到達した。1,500 → 1,600に205日、1,600 → 1,700に165日しか要していないことから、RIETAN-2000/FP の人気が衰えるどころか、むしろ勢いを増しているのは明らかだ。計3,000という大目標(2011年8月18日の新着情報参照)にまた一歩近づいたことになる。200回/年近く引用されているため、その目標は数年後には間違いなく達成されるだろう。

「粉末 X 線解析の実際」第2版の上梓と同書をテキストとする日本結晶学会講習会(2009・2011年)の開催が RIETAN-2000/FP の生き残りと普及に一役買っているのは間違いない。同書の初版と第2版は結晶学領域の日本語専門書としては異例に多い発行部数を誇っているし、講習会の方はたいてい満員御礼の盛況となる。

RIETAN-2000と RIETAN-FP に関する二つの論文(Izumi and Ikeda, 2000; Izumi and Momma, 2007)の被引用数を足し、一括りにしている理由は単純、RIETAN-2000をメジャーチェンジしたとき、便宜上、呼称を変えたに過ぎないためだ。2005年に量子ビームに関する NIMS の新規プロジェクトへの参加を上層部から強く求められた。"Forty Years in Japan, Once More" の冒頭に記した通り、定年退職後は外国への移住を夢見ていたので、あまり乗り気ではなかったが、渋々承諾した。総合科学技術会議などによる事前審査で OK が出れば量子ビームプロジェクトは2006年度からスタートする見込みだったが、2005年の夏に私の研究予算がある日突然積み増しされ、同プロジェクトの先行実施のために、ただちに X 線・中性子回折用ソフトウェアの開発に着手するよう要請された。追加分はポスドクあるいは派遣社員の雇用などにより今年度中に使い切れ、とのことだった。否応なしの業務命令であり、「そんな無茶な」と憤慨しつつも従わざるを得なかった。

いやでも応でも追加予算を消化するため、急遽ポスドクを二人雇用するとともに RIETAN-2000の機能増強と MEM 解析用ファイルコンバーター Alchemy の開発を急ピッチで進めることにした。その際、RIETAN-2000のリリースから5年も経っていたし、量子ビームプロジェクトの一環として開発したことを強調したかったので、プログラム名中の "2000" の部分を変更することにした。当初は RIETAN Pro というコード名で呼んでいたが、その後いろいろ考えた末、"Final Program", "For Project", "For Professionals" といった複数の意味を込めて RIETAN-FP と命名した。何人かの人には "Financial Plan" の略だと口走った覚えがあるが、もちろんジョークである。

量子ビームプロジェクトは2006年度から正式にスタートした。RIETAN-FP と Alchemy の開発は順調に進み、RIETAN-FP の英文マニュアルも平行して執筆した。2008年の秋には RIETAN-FP の利用を前提として編集した「粉末X線解析の実際」第2版の編集を終えた。翌年4月からは、名工大井田 隆准教授との共同研究を通じた RIETAN-FP の後継となるオブジェクト指向プログラムの開発に移行した。当該業務を担当するプログラマーも確保し、色々お膳立てもした。

しかし委細を述べるのは避けるが、その野心的計画は一向に進捗せず、早くも晩夏には私はほぼあきらめの境地に達していた。まさに「笛吹けど踊らず」、「暖簾に腕押し」状態。直接の担当者が己のデューティーから逃げ回っているのは明白だった。このまま人任せにしていたら、後継ソフトは土台すら築かれず、徒に時が過ぎて行くだけではないかと危惧した。過去の苦い経験から、実績の乏しい任期付き研究者の熱意と能力に根拠のない幻想を抱くほど甘くはなく、「人は当てにならない」という文言を肝に銘じている自分としては、何らかの手を打つべきだと感じた。2009年の年末に RIETAN-FP のバージョンアップや周辺ソフトの拡充を再開したのは、後継ソフトの製作に半ば見切りを付け、最悪の事態(ミッション・インポシブル)に対するリスクヘッジを抜かりなく実施しておこうと決意したためである。

RIETAN-FP で残っている主な課題をリストアップし、一つ一つ粘り強く解決していった。当初は改築を重ねた温泉旅館の建て増しに等しい難事のように見えたが、その後、既成ソフトを安全・確実に拡張するノウハウを会得したため、増築工事は比較的順調に進んだ。他人に頼らず、自ら汗を流すのはすこぶる心地よかった。不可解なことに、東日本大震災はその意欲を削ぐどころか、かえって背中を押してくれた。そのメカニズムは不明だが、未曾有の災厄が脳の一部に刺激を与え、活性化したのかもしれない。

二年余り倦まず弛まず RIETAN-FP を改良し続けた結果、近日中にリリースする予定の RIETAN-FP v2.1 では、
  1. シェルスクリプト MPF_multi.command(Mac OS X)あるいはバッチファイル MPF_multi.bat(Windows)による MEM に基づくパターンフィッティング(MEM-based Pattern Fitting: MPF) の自動化
  2. 化学的単位胞 ≄ 磁気的単位胞の commensurate & collinear 磁気構造(たとえば反強磁性体)の解析
  3. 磁気形状因子 <j0> と <j2>("International Tables for Crystallog- raphy", Vol. C, 4.4.5)をファイル J0_j2.dat から入力するよう改良
  4. Le Bail 法と局所的プロファイルフィッティングを併用した新観測積分強度抽出法:ハイブリッド・パターン分解
  5. Sonneveld−Visser (1975) の手続きによるバックグランドの見積もりと *.bkg への出力
  6. Crystallographic Information File (CIF) 作成ユーティリティー lst2cif の全面的改良への対応と checkCIF/PLATON への最大限の適合
  7. 粒子統計および他の統計誤差を考慮した最尤推定 (maximum likelihood estimation) 構造精密化法への対応
  8. 異方性原子変位パラメーターの精密化への移行に要する手間を飛躍的に軽減するファイル変換ユーティリティー B2BETA
  9. 異方性ミクロひずみに起因するプロファイルの拡がりに関する半経験式(Stephens, 1999)の導入
などの機能が利用可能となるまでに至った。己の年齢、日に日に蝕まれている健康、定年以前に比べ激減した給与を考え合わせると、これほどのテコ入れは限界に近い大仕事だったといって過言でない。

間歇的のバージョンアップに伴い、RIETAN-FP のマニュアルは日増しに肥大成長し続けた。現時点では230ページを突破し、ついにGSAS のマニュアルをページ数で上回った。製本済みの当該マニュアルを手にした人は、その分厚さに度肝を抜かれるのではなかろうか。ちなみに GSAS のマニュアルが8年間も改訂されていないのに対し、RIETAN-FP の場合はバージョンアップごとに抜かりなく更新している。ドキュメンテーションがしっかりしていないと、いくら機能を増強したところで、まず使いこなせないからだ。

話が前後するが、RIETAN-FP の後継ソフトは2011年春に完全なベーパーウェアとして雲散霧消した。専門知識がさほど要らず、惰性でも進捗する別な仕事(それが何かは容易に推定できよう)をまかせていた担当者が NIMS から出て行ったのだ。もっとも、こういう事態は想定の範囲内で、業績予想に織り込み済みだったので、いささかも狼狽しなかった。

リスクヘッジが功を奏したのは不幸中の幸いだった。担当者が NIMS を去った結果、後腐れがなくなったのにも胸を撫で下ろした。過去二年の苦い経験から、担当者の身の丈を越えた責務を果たすよう厳しく督促したところで、独自の価値をもち安定・確実に動くソフトを許容範囲の年月内に開発できたとは到底思えない。徒労に徒労を重ね、ストレスを溜め込むだけだったろう。長い研究生活の過程で幾度となく自分をピンチから救い、浮かび上がらせてくれた悪運の強さは、依然として失われていなかったのだ。

とはいえ、後継ソフトの開発が夢幻に終わったという重大な失態をなんらかの形で埋め合わせなければ、名工大客員教授としての職責を全うしたとは言えない。ゴールデンウィークが過ぎ、アク抜け感が台頭してきたところで、上に列挙した新機能のうち最尤法による構造精密化(IdaーIzumi 法)を井田准教授に泣きついて実現していただき、それを利用して得た解析結果三つとともに論文を執筆した。打ち合わせから一ヶ月足らずの内に投稿に漕ぎ着けるという超促成栽培だった。迅速な意思疎通を図るために、なんと Twitter まで活用した。こうして J. Appl. Crystallogr. に発表された論文 (Ida and Izumi, 2011) には粒子統計モデルを構造精密化に導入するという独創的なアイデアが盛り込まれており、注目に値する有意義な共同研究となったと思う。ベテランの研究者同士が手を組んで真剣に研究に取り組めば、とんとん拍子に事が進むということを実感した。これだけで名工大に対する申し訳が立ったのかは疑問の余地がある。しかし、後継ソフトの製作が頓挫した後も客員教授の任期が延長されているところを見ると、評判がた落ちという訳ではなさそうだ。

これが RIETAN-FP をめぐるドタバタ喜劇の梗概である。好き勝手かつ気ままに振る舞ってきたはみだし者がプロジェクトにがっちり組み込まれ、組織のために貢献しなければならぬ羽目に陥り、見苦しく右往左往、悪戦苦闘するという、なんとも泥臭いほろにがストーリーだ。これで、RIETAN-FP と RIETAN-2000における機能増強は連続的であり、両者の間に大きな段差が存在する訳ではないこと、量子ビームプロジェクトの間(2006〜2010年度)は RIETAN-FP への新機能注入を業務として遂行したこと、RIETAN-FP の後継ソフトの開発が頓挫した経緯を理解して頂けたであろう。

RIETAN-2000を未だに使っておられるユーザーが多いのだが、三年以上前のバージョンに固執するのは無意味で、何のメリットもないので、ぜひ RIETAN-FP に移行していただきたい。RIETAN_manual.pdf 中の「多目的パターンフィッティング・システムRIETAN-FPの新機能について」を通読しさえすれば、さほど手間取ることはないだろう。

後継ソフト開発の進捗に強い疑念を抱き、RIETAN-FP の補強を継続したことを顧みると、自分の危機察知能力、柔軟性、抜け目のなさに感心する。超現実主義者を自称しているだけのことはある。だからこそ、J-PARC という名の蟻地獄に引きずり込まれ、辛酸をなめ尽くすという憂き目に会わずに済んだのだと思う。

RIETAN-FP の開発と RIETAN-2000/FP の並外れた波及効果は、NIMS が量子ビームプロジェクトに本腰を入れて取り組んだという好印象を与え、同プロジェクトに対する外部の評価を大いに高めたと自負している。量子ビームプロジェクトの実質化とアピールに振り回され続けた数年間ではあったものの、「終わり良ければすべてよし」ということにしておく。外国への移住と量子ビームプロジェクトへの参画という選択肢のどちらを選ぶべきだったかは知る由もないが、少なくとも RIETAN のユーザーが後者の選択の恩恵を被っているのは間違いない。
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